問題
私は、A社に勤務していますが、任意参加のA社新年会において舞台で「隠し芸」を行っていたところ誤って転倒して右腕を骨折してしまいました。このような場合には、私は療養補償給付等の受給はできるのでしょうか。
回答
- 療養補償給付等の労災保険給付を受けるためには、従業員の傷病が業務遂行中に(業務遂行性)、かつ、業務に起因して発生したもの(業務起因性)であることが必要です。しかし、本件においては従業員が会社の任意参加の懇親会で負傷していることから、会社の支配下にないときに負傷しており業務遂行性が欠けるので、療養補償給付等の労災保険給付を受けることができないこととなります。
解説
- 1 労災認定の要件
- 労災認定がなされるためには、災害が「業務上」生じたものでなければならず、具体的には災害につき「業務遂行性」と「業務起因性」の双方を有することが必要となります。また、災害が「業務遂行性」を有するものといえるためには、災害が起こったときに被災労働者が労働契約を基礎として形成される使用者の支配下にあったと認められることが必要となります。
- 2 懇親会と業務について
- 我国の企業においては、社内で新年会、忘年会等を催したりすることがままありますが、これらの催しは従業員の労務管理上有効な手段とはいえますが、本来の業務の遂行ではないし、その業務に通常伴うべき行為であるとも断じがたい面があります。
しかし他面、これを従業員の立場からいえば、これらの催しは気分転換としての要素もあることから従業員側で自発的に参加している面がありますが、参加することが業務の一環と意識されていることもままあり、その限りにおいては拘束感を持つことがあることも否定できません。
そこで、懇親会において従業員が負傷した場合に「業務上の負傷」(労保法7条1項1号)といえるのか、具体的には「業務遂行性」があるのかが問題となります。
「業務遂行性」を認定する上で災害時に従業員が「使用者の支配下」にあったか否かを判断する上において重要な考慮要素は、被災従業員が使用者の業務命令によって懇親会に出席したかどうかという点にあります。例えば、懇親会へ出席することを会社から強制されており、その席では業務の打合せも行われていたということであれば「業務遂行性」が認めれらやすいものといえます。
この点、判例の中には、従業員が会社の実施した忘年会に参加し同会終了後同会場玄関前付近で事故に遭遇し負傷した場合について、従業員は当該忘年会に参加強制をされてはいなかったものとして「業務遂行性」はないものと判断したものがあります(福井労基署長事件・名古屋高金沢支判昭58・9・21 労民34 巻5・6号809頁)。
なお、会社の業務命令に基づいて懇親会等に出席していたとしても、主として本人の私的逸脱行為、自然現象(例えば、地震、雷等)、外部の力(例えば、狂人が刃物を持って飛び込んできて人を刺してけがさせた場合)等による場合には、「業務起因性」を欠くものとして労災認定を受けられない場合もあります。
- 3 本設問の場合について
- 本設問においては、負傷した従業員は、任意参加のA社新年会において舞台で「隠し芸」を行っていたところ誤って転倒して右腕を骨折したというものですから、当該従業員が使用者の業務命令によって懇親会に出席したものとはいえないので、「業務遂行性」を欠くものとして労災認定の対象とはならないものといえます。
ビジネスガイド平成14年2月号掲載