法律Q&A

分類:

過労自殺の労災認定基準

弁護士 石居 茜(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2006.01

問題

従業員が過労や仕事上のストレスでうつ病になって自殺した場合、どのような基準で労災認定がなされますか。

回答

 厚生労働省は、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(基発第544号)を公表しており、この指針に基づいて判断されます。
解説
1 業務起因性
 労災保険法に基づく保険給付を受けることができるのは、業務起因性のある災害に限られます。

 業務起因性、すなわち、「業務又は業務行為を含めて『労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあること』に伴う危険が現実化したものと経験則上認められること」が必要となります(菅野和夫「労働法〔第6版〕」370頁)。

2 自殺は「故意」による災害といえないか
 労災保険法第12条の2の2第1項は、労働者の故意による負傷、疾病、障害、死亡については保険給付を行わないと定めており、労働者が自殺した場合、同条項により、保険給付が行われないのではないかが問題となります。

 しかしながら、後述する平成11年の指針が出される前から、業務に起因するうつ病等により、「心神喪失」の状態に陥って自殺をした場合には故意ではないとして、労災保険給付を認める例はありました。

 旧労働省の「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」では、自殺が「精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態」で行われた場合には、「故意」ではないと解するとしています。

3 自殺の業務起因性の判断基準
(1) 判例

 入社後1年に満たない段階で、初めての海外勤務で、勤務のストレスや仕事上のトラブルにより、赴任から約 1ヵ月後に宿泊していたホテル自室窓から投身自殺した事案について、労基署が、業務起因性はないとして労災保険給付を不支給としたのに対し、裁判所が、具体的事実から、入社1年未満の新入社員が置かれた状況としては過酷であり、強度の精神的負担を負っていたとして、労基署の不支給処分を取消した判例があります(加古川労基署長事件・神戸地判平 8.4.26・労判695-31)。また、工場のプレス業務に従事していた労働者が反応性うつ病に発症して首吊り自殺をした事案で、当該労働者は、プレス部門の管理の責任と実務の責任を負わされ、納期に追われ続けていた状況にあり、そういった労働者の業務は、反応性うつ病の誘因となったであろうことを了解しうる程度に、精神的に加重な負荷となっていたとして、結論として、労災保険給付不支給処分の取消を認めた判例もあります(大町労基署長事件・平成 11.3.12・労判764-43)。

 そして、労災民事訴訟においても、電通事件(東京地判平成8.3.28・労判692-12・最高裁は最判平成12.3.24・労判779-13)の出現により、過労自殺について、会社に安全配慮義務違反を理由に損害賠償責任を認める判決が多く出されています。

 電通事件では、深夜・早朝に及ぶ長時間労働を強いられたため、うつ病に罹患し、その結果自殺したとして、長時間労働とうつ病、うつ病と自殺による死亡との間の因果関係が肯定されました。

 最近の判例としては、月間最大259.5時間、平均170.6時間の長時間労働を行っていた医師が、うつ病に罹患して自殺した事案について、業務起因性を肯定した判例が出されています(土浦労基署長事件・水戸地判平17.2.22・労判891-41)。

(2)旧労働省の基準

 旧労働省は、前述の専門検討会を経て、平成11年9月14日、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(基発第544号)を公表しました。

 旧基準及び従来の労災認定の実体としては、対象疾病はうつ病等に限られていましたが、上記指針では対象疾病が拡大され、分類化されました。

 労災認定の要件としては、[1]対象疾病に該当する精神障害を発病していること、[2]対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること(添付の「職場における心理的負荷表」を用いて業務による心理的負荷の強度を評価し、それらが精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷であるか否かを検討する)、[3]業務以外の心理的負荷(添付の「職場以外の心理的負荷表」の評価で、出来事の心理的負荷の程度を判断する)及び個体的要因(a精神障害の既往歴、b生活史・社会適応状況、cアルコール等依存状況、d性格傾向)により当該精神障害を発病したと認められないことの3要件をあげました。

 上記指針においては、出来事の発生以前から恒常的な長時間労働、例えば所定労働時間が午前8時から午後5時までの労働者が、深夜時間帯に及ぶような長時間の時間外労働をたびたび行っているような場合には、それ自体で心理的負荷の強度を修正するとしており、判断にあたって、恒常的過重労働を重視することを明確にしています。また、労働時間の長さだけでなく、仕事の密度の変化が過大なものについても考慮するとしています。

(3)結論

 労基署は、基本的には、前述の指針に基づいて業務起因性を判断しているといえます。従って、まずは対象とされている精神障害である必要があります。

 そして、前述の専門検討会の報告書では、精神障害が業務に起因しているかどうかの判断は、業務によるストレスが客観的にどの程度か、また、それを受ける個体側の要因はどうか(個体側の脆弱性)の両方を考慮して検討すべきとしています。

 従って、例えば、特別なストレス要因なしに明確な精神障害に罹患した既往症があれば、その人の精神的な脆弱性を推測する根拠となるといえ、業務起因性は否定される方向になるでしょう。

 判例を見る限りでは、指針も指摘するように、過労死の認定基準に触れるような、恒常的な時間外労働をしている場合に、業務と自殺との因果関係を認めた例が多いように思えます。従って、一概には言えませんが、労働時間がさほど長時間ではない場合、業務において客観的に強いストレスを与えるといえる出来事があるかどうか、また、その出来事により発生した問題や変化は、その後どの程度持続あるいは拡大し、あるいは改善したかが問題となり、一般的に同じ職場の同じ経歴の社員ならば耐えうる程度の出来事しかないと評価されると自殺との因果関係は否定される可能性が高いといえます。

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