問題
派遣先は、労働者派遣法、労働安全衛生法の規定に基づき、労働者の健康状態を把握するため、派遣元等に対して一般健康診断の結果の提出を求める義務を負わないか。また、派遣先のかかる求めに対して、派遣元が、派遣社員の名前以外の個人情報を伝えない、として健康状態の報告などを拒否することは法的に認められるか。
回答
- 派遣先は、医師や派遣元に対して健康診断結果の提出を求める義務は負いません。また派遣元が派遣先からの開示請求に対して情報提供を拒否することは、法的にもやむをえないと考えられます。
解説
- 1一般健康診断と特殊健康診断
- 派遣法は、一般健康診断と特殊健康診断に分けて責任の分担を考えています。一般健康診断とは、一般的な健康診断で行われるような内容のもの、例えば、既往歴、自覚症状等の有無、身体検査、血圧測定、尿検査、などが挙げられます。これら一般健診については、派遣法では、派遣元に実施義務が課せられています。
これに対し、特殊健診とは、高圧室内作業、放射線業務、特定化学物質等の取扱業務など一定の有害業務に従事する労働者に対して行う健康診断をいい、この実施義務については、逆に派遣先に実施義務が課せられています。
このように、一般健診について実施義務を負うのは派遣元であり、その健診の結果を記録する義務、健診結果について医師等の意見を聴取する義務、その医師の判断等を勘案して、就業上の環境につき適切な措置を講ずる義務を負うのも派遣元です。
ですから、派遣先が医師や派遣元に対して健診結果の提出を求める義務が生ずるとまではいえないと考えられます。
しかしながら、近時派遣元のみならず、派遣先についても派遣労働者の健康配慮義務等を強く求めていると解釈されうる判例が出ている(東京地判平成 17.3.31アテスト(ニコン熊谷製作所)事件.労判2005.9.1(No.894))ことを考慮すると、派遣先にも派遣労働者の健康配慮について後述のような真摯な対応が求められていると考えられます。
- 2個人情報保護法との関係
- 個人情報保護法においては、事業主が得た個人情報は、その情報主体である個人に対して明示した利用目的以外の目的の利用や第三者への無断提供はできないことになっています(同法16条、23条)。一般的に、健康診断情報は、病気の情報に限らず、基本的身体情報なども記載されており、特に女性などは健診結果を渡されることには強い抵抗を覚えるでしょう。この意味でも、健診結果は相当センシティブ情報を含むものであり、派遣元が派遣先からの開示請求に対してこれを拒否することは、法的にもやむをえないと考えられます。
- 3派遣先の講ずるべき措置
- 派遣先は、派遣元から健診情報を入手することが困難としても、後日労働者の健康状態に問題が生じた場合に備え、派遣先として、労働者の健康状態把握の努力をしていたという証拠(労働者へのアンケート、健康状態聴取書など)を現時点から収集しておくことが、紛争予防の観点からは重要かと思われます。
健康状態の聴取は、本人同意が必要であり、これに抵抗感を示す労働者も多いと思われますが、職場環境等について無記名の形でアンケートをとることは、労働者の多様な本音を聞ける可能性が高く、派遣先の講じるべき措置として、最適な方法の一つといえます。
なお、記名式のアンケートの場合、その情報は個人識別情報として個人情報となりますので、アンケート実施の際、その個人情報の利用目的を特定、明示しなければなりませんので注意が必要です。