問題
私は、A社に勤務して航空機の国際線の客室乗務員として勤務していましたが、先日乗務のために滞在していた海外において脳動脈瘤破裂に伴う出血に起因するくも膜下出血を発症したために休業するに至りました。私は、1ヶ月単位の変形労働制の下で働いており、同年齢のチーフパーサーと比較した場合には、本件発症前1年間の総乗務時間は900時間であり特に長いものといえましたし、特に本件発症直前6ヶ月前においては時差があり客室乗務員の負担の大きいニューヨーク便等の長大路線にも多く乗務していました。なお、私の業務スケジュールは、乗務時間、休養時間、乗務後の休暇等A社の就業規則を満たしていました。このような場合には、私は療養補償給付及び休業補償給付の支給を受けることができるのでしょうか。
回答
- 本件発症直前6ヶ月前の勤務形態等に照らすと、異例に強い精神的及び肉体的負担がかかっていたものといえることから、業務起因性が認められて療養補償給付及び休業補償給付を受けられる可能性がある。
解説
- 1 労災保険給付と業務起因性
- 労災認定がなされるためには、災害が「業務上」生じたものでなければならず、具体的には災害につき「業務遂行性」と「業務起因性」の双方を有することが必要となります。そして、災害が「業務起因性」を有するものといえるためには、労働者が業務に基づく負傷又は疾病と業務との間には相当因果関係のあることが必要となります。
- 2 業務起因性の認定基準
- 業務起因性の認定基準については、業務上の過重負荷による影響が基礎疾患の自然的増悪よりも相対的に有力な要因でなければならないとする相対的有力原因説、業務の遂行が基礎疾患を自然的経過を超えて急激に増悪させる等、基礎疾患となった発症を招いたのであればよいとの共働原因説等諸説が唱えられています。この点厚生労働省は、平成13年12月12日に、脳・心臓疾患の業務上認定基準を改正しています(基発第1063号)。これによれば、労災認定にあたっては、[1]発症直前から前日までの間において、発症状態を時間的・場所的に明確にしうる異常な出来事に遭遇したこと(「異常な出来事」)、[2]発症に近接した時期(発症前おおむね1週間)において特に過重な業務に従事したこと(「短期間の加重業務」)、 [3]発症前の長期間(おおむね6ヶ月間)にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと(「長期間の過重業務」)のいずれかの過重負荷によって脳・心臓疾患が発症したことが必要とされています。
この点近時の判例においては、本設問と類似する事例において「ある業務とくも膜下出血の発症との間における相当因果関係を肯定するためには、その業務が、基礎疾患である動脈瘤ないし血管病変をその自然的経過を超えて増悪させるに足りる程度の過重負荷になっていたことを要し、かつ、それで足りると解するのが相当である」と判示し、発症前6ヶ月間に従事していた業務内容、態様、遂行状況等が疲労を蓄積する程度の過重な負荷を伴うものであったか否かを検討しています(成田労基署長(日本航空)事件・千葉地判平17・09・27 労判907号46頁以下)。
- 3 本設問について(就業規則を遵守している場合の発症と業務起因性)
- 本設問において質問者は、一方において業務スケジュールは、乗務時間、休養時間、乗務後の休暇等A社の就業規則を満たしていました。しかし他方で、本件発症直前には1ヶ月単位の変形労働制の下で働いており、同年齢のチーフパーサーと比較した場合には、本件発症前1年間の総乗務時間は900時間であり特に長いものといえましたし、特に本件発症直前6ヶ月前においては時差があり客室乗務員の負担の大きいニューヨーク便等の長大路線にも多く乗務していたことからすれば、質問者にとっては「過重な」精神的・肉体的負荷がかかっていたということができる可能性があるのではないでしょうか。この点前記判例においては、同様な事案における業務起因性の判断において、就業規則を満たしたからといって直ちに業務の負担が高くないとはいえないとし、負荷の有無についてはその業務内容から個別的に判断されるべきとの前提の下で、[1]客室乗務員の勤務形態が一般的に不規則であること、[2]総乗務時間数・有給休暇の付与日数及び取得申請状況、[3]所属組合からの脱退問題による精神的負担の存在等を総合考慮して業務起因性を肯定しています。
それゆえ、本設問において質問者は、業務起因性が認められて療養補償給付及び休業補償給付を受けられる可能性があるものといえます。
ビジネスガイド平成18年6月号掲載