法律Q&A

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不動産の時効取得

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
1997年4月:掲載(校正:村林 俊行)

20年以上使ってきた土地は自分の土地になるのか?

甲は、創業30年にもなる個人経営の老舗のお菓子屋で、創業当時から業務拡大の為に建物の敷地を徐々に広くしてきましたが、この度隣人であるAが亡くなり、甲はその相続人Bから突然隣地との境界部分の約10坪の土地の明渡を請求されました。その部分を含んだ50坪の土地に付いては、創業して約7年後くらいに甲が亡くなったAから買い受けたものと思っておりましたが、よく調査したところを確かに契約書上は面積が40坪となっていることが判明しました。ただ、Aは生前1度も甲に土地の明渡を請求したことはありませんでしたので、甲としても全く気がつきませんでした。今は工場の敷地として使っておりますが、どうしてもBに土地を返還せねばならないのでしょうか。

甲は本件土地を時効取得していることになり、Bに返還する必要はありません。

1.取得時効とは?
 本設問中の境界部分の約10坪分の土地については、甲A間の土地売買契約の対象になっていない為、その部分の甲の占有は「不法占有」と法律上評価されざるを得ません。従って、甲はすぐにAに明渡を請求されたら明渡せざるをえなかったものと思われます。ただ、この不法占有という状況が本設問のように長期間継続した場合はどうなるのでしょうか。甲の時効による所有権の取得が問題となります。権利者らしい状態が一定期間継続することにより権利取得の効果が与えられる時効を「取得時効」といいます(民法162条1・2項)。取得時効の要件は以下の通りです。

(1)「所有の意思をもって」
所有者と同様の排他的支配を事実上行おうとする意思をいいます(自主占有)。これは、占有するに至った原因(権原)によって決まるとされ、したがって賃借人や受寄者の占有には、所有の意思がないとされます(他主占有)。所有の意思は、民法186条によって、推定されています。

(2)「平穏」
占有の取得及び保持について法律上許されない行為によらないことをいいます。これも同法186条により推定されるので、あまり問題になることはないでしょう。

(3)「公然」
占有の取得及び保持について秘匿しないことをいう。これも、同法186条によって推定されています。不動産については実際上問題になることは少ないでしょう。

(4)「他人の物」
自己の所有物でない物をいいます。自己の物の時効取得は無意味であるからだとされています。

(5)「善意」「無過失」
「善意」とは自己の不動産であると信ずることをいい、「無過失」というのは、自己の不動産であると信じるについて過失のないことをいいます。善意については、同法186条によって推定されますが、無過失は推定されません。したがって、時効取得を主張する者は、これを立証しなければなりません。過失があったかどうかは、争いになることが多いです。善意・無過失は、占有開始時点においてのみ必要とされます。

(6)「時効期間」
占有開始時点において、善意・無過失であれば10年、そうでなければ20年です。期間は、占有開始時点で起算します。時効制度を、永続した状態については証拠が散逸しているから、一定期間の経過を証拠に変えるという趣旨のものと見ると、占有開始時点がいつであるかを詮索し、その時点から起算することは、制度の趣旨に反することになります。そこで、時効を援用する時点から逆算することを認めるという考え方がありますが、判例は、時効期間は占有開始時点から起算すべきであり、勝手に起算点を選択したり、逆算することはできないとしています(最判昭35.7.27民集14巻10号1871号)。

2.取得時効の効果
 取得時効には遡及効があり(同法144条)、占有開始時点から占有者は所有者であったことになります。そして、時効取得は原始取得であるとされており、前主の下でもろもろの制約が存在していたとしても、そうした制約の無い完全な所有権を取得できることになります。更に、時効取得を主張する為に対抗要件としての登記(設問[2-4-1][2-4-2]参照)を要するかについては、時効完成前の第3者に対しては不要とし、時効完成後の第3者に対しては必要とするのが判例です。

対応策

以上のことから、甲が取得時効の要件を満たしているかが問題となります。まず、対象が不動産ですので民法162条2項の適用が問題となりますが、契約書の記載を約10坪もオーバーしているわけですので、占有開始当時に少なくとも自己の不動産であると信じるにつき過失はあったことは免れない可能性が高いでしょう。従って、善意・無過失要件のない同条1項の適用になります。期間については、契約が約23年くらい前のようです20年はクリアできそうですので甲はBに本件土地の明渡をする必要はないでしょう。
なお、Bとの交渉過程で話合いが出来そうならば、後日の紛争に備えて登記手続に協力してもらうように努力しましょう。このままの状態で、もしBが第3者に本件土地を譲渡したら時効完成後の第3者になりますので、甲とすれば登記なくしては所有権を第3者に主張できませんので注意してください。ちなみに、登記する際は、保存登記ではなく「移転登記」としているのが登記実務のようです。

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