法律Q&A

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年俸制と事業場外労働・裁量労働

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年11月:掲載

年俸制を取っていたのに従業員が残業手当や、休日出勤手当、深夜勤務手当を支払って欲しいと言ってきたら?

A社は、今流行の年俸制による従業員の活性化を狙い、先ず、管理職Bにこれを適用し、次にその他の従業員Cにも適用しました。A社は、年俸制では年間の賃金は固定され、残業や休日出勤なども考課対象とすれば良く、残業手当など必要ないと考えていました。ところがBやCも残業や休日出勤、深夜勤務の諸手当は別であるとしてその支払請求をしてきました。A社はBCらの要求にどう応えたら良いでしょうか。

管理職以外については、裁量労働制の適用のない場合は、支払う必要がある場合があります。

1.年俸制の意義
 最近我国で年俸制が新しい人事制度として一つのブームとなっています。一般的な年俸制の定義としては、「賃金の全部または相当部分を労働者の業績等に関する目標達成度を評価して年単位に設定する制度」などとされています(菅野和夫「労働法」第5版補正版214)。現在までの一般的な実態は、プロ野球選手のように、成績に応じて毎年大きく上下する形ではなく、いわゆる目標管理の手法を用いて、能力給・業績給の比率を高めた賃金制度のようです。つまり年俸制の対象者に毎年の年間目標を設定し、年度末にその達成度を評価して、翌年の目標と年間給与を定めるというものです。これにより、日本的経営の大きな柱の一つであるとされる年功制賃金がともすれば悪平等といわれる程横並びになりがちで、モラール(士気)の低下を招き易いため、従業員の活性化対策として、又、能力・成果主義による人材登用のため注目されているのです。
2.割増賃金抑制の方法としての利用への誤解
 従って本来残業や休日労働の問題と年俸制とは直接には関係ない筈です。しかし、経営者の側では、ともすれば能力のない従業員の方が残業が長くなり、結果的に収入が多くなるといった矛盾を常々感じているため、この年俸制の導入により、残業手当等のいわゆる基準外賃金を抑制し、実力に応じた年俸による格差を設けるための方策として、この年俸制に期待している向きもあるようです。
3.管理職の場合は
 しかし、年俸制による基準外賃金の抑制やその不払いは、そう簡単ではありません。先ず、少くとも労基法上の管理・監督者には、同法37条による午後10時から午前5時までの深夜勤務手当を除いて、残業手当や休日出勤手当の割増賃金を支払う必要はないということになっています(41条1項2号)。又、深夜勤務手当についても管理職手当の中に一部含まれていると解釈することも可能な場合も多いでしょう。但し、この労基法上の管理・監督者として労基署の考えている範囲は一般の会社の考えている管理職のすべてではないことに注意がいります(管理職の問題については設問9-3-2参照)。
4.平社員の場合は
 次に、管理職以外の平社員の場合には、法定時間外労働や法定休日労働となる場合は、いずれもいわゆる労基法36条の三六協定が締結されていることを前提にして、一定の基準外賃金相当のみなし手当が支払われている場合に、そのみなし手当でカバーされる範囲内の残業や休日労働・深夜勤務については問題ないのですが、これを超えた休日労働等がなされた場合には、超えた部分に対応して、各々の基準外賃金を支払わねばなりません。みなし手当がない場合は原則通りです(9-2-3参照)。
5.事業場外労働・裁量労働の利用も
 但し平社員でも時間外労働については次の二つの例外措置があります。それは、時間外労働について、労基法38条の2の第1項の事業場外労働における超過労働時間に関する協定を結んだ場合と、同条第4項のいわゆる専門職型裁量労働の場合、及び平成12年4月1日施行の同条の4の企画業務型裁量労働制の場合で、労使協定に法定労働時間を超えて労働する時間数が協定されている場合の三つです。これらの場合には、実際の時間外労働が各協定時間を超えたとしても時間外労働に対する割増賃金支払の問題は発生しません。しかしこの三つの場合は労使協定が必要(企画業務型裁量労働制では、更に、労使委員会での所定の事項についての全員一致の決議と本人の同意が必要)なため従業員の協力が得られないことにはこの方法は取れません。又、それらの適用を受ける従業員の労働実態が事業場外労働や裁量労働の要件を満たすことが必要です。特に裁量労働については、新制度でも対象業務等の制限があることに要注意です。
6.年俸制導入の要件-就業規則の改正とその改正の合理性の必要
 又、就業規則の改正による年俸制の導入は、その内容により、労働条件の不利益変更に当たる可能性があります。就業規則の不利益変更の効力については、後述しますが(設問10-4-3参照)、一般的に、判例は、就業規則の改正に合理性の存否でその効力の有無が決まるとしています。従って、年俸制の導入に際しては、この合理性の存否・程度の吟味を経た上でなされなければなりません。
7.目標達成度評価に関する合意(年俸合意)不成立の場合
 更に、目標達成度評価に関する合意(年俸合意)不成立の場合の処理としては、判例における企業の解雇権への大幅な制限下では(後述設問9-5-1の通り、裁判所は、従前から、解雇一般について、次のような、いわゆる解雇の法理を確立して、企業の解雇について厳しい制限を加えてきました。即ち、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には権利の濫用として無効になり」日本食塩製造事件・最二小判昭和50・4・25民集29-4-456、「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる」高知放送事件・最二小判昭和52・1・31労判268-17、との判断を示している)、バランス上、企業に評価決定権があると解されています(菅野和夫「労働法」第5版補正版214以下)。この点、裁判例は、傍論ながら、「年俸額に関する合意未了の労働者は、…たかだか当該年度において当該契約当事者双方に対して適用ある最低賃金の額の限度内での賃金債権を有するに過ぎない」としています。
これらの学説・判例の状況に照らし、使用者としては、前記公正評価システムや合意不成立の場合に備えた規程の整備とその実施が必要でしょう。

対応策

設問の場合、A社は管理職Bの要求に対しては、Bが労基法上の管理・監督者としての実質を持っている限りは、残業・休日出勤手当の要求には応える必要はなく、深夜勤務については管理職手当でカバーされる範囲を超えた深夜勤務がなされた場合だけ深夜勤務手当を支払えば足ります(設問9-3-2参照)。平社員Cの要求に対しては、賃金制度として、残業等のみなし手当が定められている場合は、その範囲内かどうかで決まります。それらを超える労働をしている場合はその支払要求を拒否できません。但し、みなし手当に加えて、事業場外労働や裁量労働に関する協定を使える場合で法定労働時間を超える労働時間時間数について協定を締結している場合には、それらの労働実態と手続きが適正になされている限り、少なくとも残業手当の支払は不要です。このようなみなし手当や裁量労働などの制度を取っていない会社や使えない業種・職種の場合には、残業等の手当の請求に応じざるを得ません。

予防策

年俸制の導入により、基準外賃金の抑制や時間管理の事務軽減を狙うとすれば、以上のように、管理職制度を確立し、平社員との差を明確にし、平社員についても、みなし残業等の手当の性格付けと業務・職種に応じ、事業場外労働、裁量労働の労使協定を結んでおくことが必要です。但し、このようなみなし制度が本当に残業手当等の抑制に役立つかどうかというと、むしろ、高めの時間設定になりかねない危険があることを忘れてはなりません。

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