- (1)「昇進」の意義
- 昇進とは、企業組織における管理監督権限や指揮命令権の上下関係における役職(いわゆる管理職)の上昇を意味する場合と、役職を含めた企業内の職務遂行上の地位(役位)の上昇を意味する場合があります(菅野和夫「労働法」第5版補正2版404以下参照)。
- (2)昇進の法規制
- 従前の多くの判例においては、原則として、昇進についても、使用者の人事評価・考課におけると同様(P3-1参照)、昇進者の決定、昇進基準とその運用等における企業の裁量権を大幅に認め、例外的に、労基法3条の均等待遇、同法4条の男女同一賃金、均等法6条の処遇についての男女差別的取扱い禁止、労組法7条の不当労働行為等による規制と著しい裁量権の濫用の場合のみ規制を加えるのみでありました。
- (3)資格制度と「昇格」、「昇級」
- 多くの企業に採用されているいわゆる職能資格制度においては、その企業における職務遂行能力が、先ず職掌として大きく種類分けされ、各職掌の中で様々な資格に類型化され、更にその資格の中で等級化されています。この資格等に応じて基本給の全部又は一部が決められます(職能給制度)。このような制度下での資格の上昇が「昇格」、級の上昇が「昇級」(一括して、昇格等)と呼ばれ、夫々が昇格試験や人事考課に基づき決定されます。昇格等は、月例の職務給のみならず、賞与、退職金に反映されるばかりでなく、一定の資格が前述の昇進の前提条件となっています(以上、菅野・前掲404以下参照)。
- (4)通常有利な労働条件の変更としての昇進
- しかしここでの問題は、昇進差別ではなく、従業員側の昇進拒否の可否です。前述の昇進に関する企業の裁量権の範囲内であれば良いのですが、厳密には、昇進も配転と同じく労働条件の変更であり、労働契約上これを認める就業規則の定めなどや同意がないと会社が一方的にできることではないと理解する方が無難です。つまり、明らかに不利益変更である降格と異なり、昇進が賃金の上昇や権限の拡大、時間的拘束の相対的な減少などから、通常有利な労働条件の変更として、前述の企業の裁量権の範囲内とされ、法的に問題とはなり難いに過ぎません。まして昇進は、実際には従業員について有利なものばかりとは限りません。重い責任や残業手当などが付かないことや労働組合の保護が受けられなくなること(労組法2条1号参照)などから必ずしも有利変更とは簡単には言えないからです。
- (5)企業の裁量としての昇進
- しかし、前述の昇進に関する企業の裁量権で触れた通り、必ず従業員の個別の同意がなければ昇進させられないものではありません。既に触れた配転・出向と同じように(P3-2、P3-3参照)、就業規則などの定めがあり、採用時においても、特にいわゆる総合職などのように幹部候補の従業員として、将来の管理職への昇進が明示又は黙示に前提とされている場合であれば、会社は業務上の必要性に基づく裁量により従業員の昇進を命じることができ、従業員はこれに応じなければならない、ということになります。そして、配転でも問題とされたように昇進が労働組合幹部への切り崩しとして不当労働行為とされるような場合は別として(労組法7条3号参照)、従業員の側でこれを受け入れられないような特別の事情のない限り、昇進命令が権利の濫用として無効とされることは少ないでしょう。具体的には、健康状態から高度のストレスを伴う業務への従事禁止を医師からを申し渡されているようなまれなケースだけでしょう。
従って、最三に亘る説得や昇進候補者の都合を考慮しての業務量や責任軽減への協議などを経ても従業員が飽くまで昇進の内示を拒否し、正式に発令してもこれを拒否した場合は、当該従業員に対する解雇や懲戒解雇を含めた措置もあり得ますので要注意です。